Paris Rendez-Vous

ミニバスで日本語の観光案内

写真集

 

まだフランスがフランスとして無かったころ、まだパリがパリとして無かったころ、ガリアのパリジ一族がシテ島に定住したのは紀元前3世紀のころであった。パリの名の由来である。

シ一ザ一が率いるロ一マ人がこの地にやって来たのは紀元前52年のこと、ガリア=ロ一マ時代となって都市ルテシアが建設され1世紀にはパリとなる。
アッチラの軍勢からパリを守った聖女ジュヌビエ一ブ、季節毎にセ一ヌ河をのぼってやって来るバイキング=ノルマン人のパリ包囲からパリを守ってフランス王となった(888年)ユ一ド伯、パリを城壁で囲い守って最初のル一ブル宮を建造したフィリップオ一ギゥスト。
カペ一王朝に続くバロワ王朝の時代には英国人の手中になったパリを奪い戻すべく やって来たジャンヌダルク。アンリ一2世の馬上槍試合での事故死。サンバルテレミ一の大虐殺、クレマン僧に暗殺されたアンリ一3世。アンリ一4世のカトリックへの改宗を経て開かれたブルボン王朝の栄華、 太陽王ルイ14世によるベルサイユの造営。 そしてフランス革命、コンコルド広場で処刑されたルイ16世とマリ一アントワネット。 ナポレオン1世による王党派の鎮圧と戴冠、凱旋門の建設等、...。後のパリコミュ一ヌ(1871年)と血の週間(5月)。20世紀初頭の二つの大戦とレジスタンス、...。シャルルドゴ一ルのパリ解放。

セ一ヌ河はつぶさに見続けてきたこのパリの物語を今日もパリを訪れる人々にささやき聞かせる。その歴史の後を今日に残すパリの街は我々をふと2000年のタイムカプセルに誘い込むだろう。

 



パリのシテ島

ル一ブル宮

モンマルトルの丘から眺めるパリの街

 

ご一緒する日本語ドライバ一ガイドの案内を聞きながら市内観光。

凱旋門、シャンゼリゼ通り、エッフェル塔*、コンコルド広場、アンバリッド寺院、マドレ一ヌ寺院、オペラ座、ル一ブル宮、ノ一トルダム寺院等*、モンマルトルの丘等*、主な名所を車窓観光。( *印は途中下車します)

お客さまのご希望によってコ一スを自由に変える事ができます。この他にぜひ回りたい場所がありましたら勿論可能です。

 

出発: 

9時頃 ミニバスでお泊りのホテルまでお出迎え致します。(お客様の都合のいい時間に出発可能)
所要時間:

約3時間半

解散: 
パリ市内だと何所でも可能。観光前にガイドに申し出て下さい。
通常の観光だとモンマルトルの丘には行きません。道が狭い為、大型バスは通行禁止。ミニバスだから可能なのです!